プロフェッショナルとは何か

香山壽夫さんの「プロフェッショナルとは何か」を読んだ。

プロフェッショナルとは何か―若き建築家のために

プロフェッショナルとは何か―若き建築家のために

 

 副題が「若き建築家のために」なんだけど、僕はもう若くないかもしれないし、建築家でもないかもしれないけど読みたかったので読んだ。

この人の本を読んでいると実務ですさんだ心がきれいになった気がする(あくまで個人の感想)。

この本の中で繰り返しでてくることが、「変わったものをつくればいいわけではない」ということ。

"目新しく珍奇なものでなければ、評価しないといった珍奇な言説(p29)"

"現代の美術の状況の中では、真剣で誠実な若者ほど、とまどい、悩むことになる(p30)"

"そのころすでに設計では「個性が大事」、人と違うことをするのが偉いと言われていました(p69)"

こういったムードに対して

"偏りのない、幅広い能力を持ち健全な常識を持った調和の取れた人間も大切(p30)"

"建築は社会的な目的をもってつくるもの。つまり、外から与えられた主題に対して答えを出す作業です。設計する時には利用者のこと、周囲の都市との関係、実際の建築作業などを考えなくてはいけない。答えは一つではないから、そこで自然と個性は出てきます。(p69)"

と書かれている。

僕は学生のときの設計課題でプランのこと(部屋の並びやサイズ、部屋同士のつながりかた)とか、建物の高さは高すぎないかとか、屋根をかけたほうがいいかとか、外壁はどうやったら汚れにくくなるか、素材はどんなものがいいかとか、わりと地味というか、実体論的、機能論的なことに興味があって取り組んでいたんだけど、結局派手なものとか、でかい模型をつくった人、構造論的、象徴論的なことを表現した人の方が評価されるので、だんだんいやになって手が止まってしまった時期があった(時期というか大学院を出るまでずっとその調子だった)。一応雰囲気にあわせて現実的なことを無視した派手目なものとかもやってみたりしたけど、空しくなっただけだった(今考えたら学生の考える実体論的なことなんて大したことないから、派手目なものを考えた人と比べても実体論的なレベルにおいても大差なかったと思う)。僕がいた大学は建築家先生が多く、忙しい人が多かったので授業のキャンセルが多く、やる気もなくなっていた。

課題とかコンペとかやらなかったら、ぜんぜんやることがなくなるので、ただひたすら本を読んだり、バイトをして旅行に行ったりするくらいで、先生からは「お前はなにもやっていない」などと言われたりもしたのだけれども。

この本の最後らへんに必読指南という章があって、いろんな本が紹介されているんだけど、最初に「大切な本は必ず机に向かって読まねばならない」「行儀のためではなく、大切だと思ったところに傍線を引き、更に自分の感想を書きつけておくためです」と書いてあった。僕は本に線を引きながら読む習慣はあるけど、メモをとったりとかはたまにしかしていない。最近はKindleで読むことも多くなって、傍線がわりのハイライトをつけるのにも慣れてきた(Kindle歴2年になる)けど、メモをとるためにはノートとペンがいるので、やっぱ大切な本は机に向かって読まないとだめかもな。