街並みの美学

芦原義信著「街並みの美学」を読んだ。

街並みの美学 (岩波現代文庫)

街並みの美学 (岩波現代文庫)

 

新国立競技場のこととかあっていろんな人の考えに触れることが増えたんだけど、そもそも景観にマッチしてるかとか、でかいかどうかなんて主観でしか語れないんじゃないのかなと思ってきたので。この本に何か書いてあるかなと思って。

わりと昔の本(1979年)だけど、読みやすかったし、考え方は今でも変わらず当てはまると思う。建築なんて歴史が長いんだから、数十年ではそんなに考え方は変わらないはずだし。

街路の幅に対する建物の高さとか、広場には入隅があったほうがいいとか、サッシュのでっぱり具合で昼と夜の印象が変わるとか、わりと役に立つことが書いてあった。

あまり景観のこととは関係なさそうけど、興味あったのは

(チャンディガールについて)この建築の中に入ってみると、どれもこれも表現の幾何学のための建築であって、とうてい人間のための建築ーーー「住むための機械」ーーーではなく「見るための彫刻」であることに思い至らせられたのであ(p263)。

とか

私にはコルビュジエの作品にはどうしても人間性を読みとることができない(p285)

と書いてあって、コルビュジエのことはあまりよく思ってないみたい。僕はコルビュジエの建築みたことがないからよくわからない。

そういやこないだ読んだ香山壽夫さんの本には、

丹下先生の建築に、人を優しく包む力を感じられなかった(プロフェッショナルとは何か/p69)

 て書いてあって同じような理由でこれもあまりよく思ってなかったんだなと思った。

東京カテドラルとか代々木体育館とかは中も外もすんごいなと思ったけど、それと優しいかどうかはまた別のはなしだろうな。

景観のこととは関係なさそうと書いたけど、なんだかんだ街並みとかは人間のためのものであって、人間のことや風土のことを考えないととなんだか変な感じになるということだろうなと読んだ。

ちなみに神宮外苑については、僕は東京に住んだことなく、いまいちピンとこなかったので、少し前に東京に行ったときに時間をつくって行ってみた。国立競技場ではラルクアンシエルのコンサートがあって、ラルク風コスプレをした人がたくさんいた。

ラルクコスプレの人々が密集していたので思うように周囲をみることができなかったけど、現競技場でも広場はそんなに広くなくて、道路までの距離はそんなにないので、これがさらに狭くなったらあれかもなと思った。まわりの建物などとの連続性については正直今がそんなにいいとも思えなかった。僕の感性が鈍いのかもしれないし、ラルクコスプレの人々のせいで鈍っていたかもしれないけど。ただ、スポーツでもコンサートでも広場は広ければ広いほうがいいだろうなとは思った。建物がでかいかどうかの視覚的な問題からというより、入場前に並んだり、コスプレ写真を撮ったりするスペースは、とにかく広いほうがいいはずなので。