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何もかも憂鬱な夜に

中村文則の「何もかも憂鬱な夜に」を読んだ。

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

 

 今年はこの人の本ばかり読んでいる。

「どのような人間でも、芸術にふれる権利はある」

「人間とその人間の命は別だから」

だいたい暗い話なんだけど、どこか生きる意味を考えたり、生きていて大丈夫だと確認できたりする。

又吉が解説で書いていたように、「垂直に掘り進めてきた穴を横に広げる時代」にこういう小説を書いている人がいるんだなと思った。

この表現(垂直に掘り進めてきた穴を横に広げる時代)ってつまりポストモダン以降のことなんだと思うけど、建築だとどうなんだろう。

ひたすら新しいバリエーションばかりつくって(横に穴を広げるばかりで)全然穴は深くなってないのでは。

ひらかれる建築

建築

松村秀一の「ひらかれる建築」を読んだ。

ひらかれる建築: 「民主化」の作法 (ちくま新書 1214)

ひらかれる建築: 「民主化」の作法 (ちくま新書 1214)

 

何か新しい視点があるかと思ったけど民主化についてはそうでもなかった。

住宅メーカーなどに関する研究については豊富なデータがあるのでそこはおもしろかったんだけど、その先の時代のこと(2000年代以降の話)については聞いたことがあるようなことが多かった。

ストックが十分にあるわけだから、それをうまくつかうこと、新しいものをたてるよりいまあるもので使われてないものをいきいきとつかうひとたちがでてくることは大事だという話なんだけど。

僕も古いものの改修とかに関わることがあるけど、現行法を満足していないもののあつかいは悩む。古いものの補強、断熱、省エネのことなどを考えると、法的に改修義務がないものだとしても、建築士としてはなんだか積極的になれない。不動産屋なども責任持てないから敬遠されがちだと聞く。改修は金がかかるからと、そこをさぼっておいてあとで事故があったり、やたら電気代がかかったりして専門家の責任になると困るので、そのへんは使う人たちの責任のもとでやってもらうしかない。つまりそういった場合は僕は建築士として関わることはできない。

最近は「建築をしない建築」とかがポピュラーになってきて、微妙な操作の改造をやってみたり、地域を盛り上げたりするのをよく雑誌とかで見る。ワークショップをやったりして利用者を育てることはとても大事だということはよくわかるんだけど、それって本当に僕らがプロとしてやるべき仕事なんだろうかといった疑問は以前から大いに感じている。

今はリノベーションとかまちづくりとかをやっている若い人たちも、いまは仕事がなくて、できる範囲のことでおもしろいことをしたいと思ってそういうのをやっているだけで、建築の仕事が増えてきたらそうでもなくなるんじゃないかなと思ってしまうし、いつまでもそこばかり掘り下げて、本当に建築をしないとなると、それはもはや建築の専門家ではないから、まちづくりなどでも建築の専門家としてのアドバイスはできないのでは。

僕はもう少し建築そのものの力をまだ信じてやろうと思っているんだけど、もうそれは古いんだろうか…

舞台

今年(2016年)読んだ本の中では、西加奈子の「舞台」が一番面白かった。図書館で借りた。

舞台

舞台

 

 本の中で特になにが起こるってわけでもなく、ただ主人公の自意識過剰っぷりが描かれていてそれだけでこれだけおもしろいってのはすごいなと思った。僕自身ここまでこじらせてるわけじゃないけど、読んでいてこれは僕だと思うようなところも多かった。読み進めていくうちにもしかしてこの主人公はすごくダメなやつなのではというのが、すこしづつわかるようになっているんだけど、そういうのもすごく上手だなと思った。

僕のワイフは僕のことをメンタルが丈夫すぎて怖いといった意味で「丈夫人間」となづけていて、全然落ち込まないわけじゃないんだけど、落ち込んだりしてもすぐマシンのように復活しているところが怖いらしい。

僕も全然落ち込まないわけじゃないし、心配なことはたくさんあるんだけど、落ち込むたびに、考えてもしょうがないことは考えないし、受け入れるしかないといった結論に何度もなった結果、その辺の落ち込んでからのいろいろ考える過程が省略されてすぐ復活するようになってしまったのかもしれない。もしかしたらその省略している過程で繊細さとか、きめ細やかさを失ってしまっているかもしれないから気を付けないといけないなと思う。

GAJAPAN144

建築

GAJAPAN144の総括と展望を読んだ。

GA JAPAN 144

GA JAPAN 144

 

GAJAPANを毎号買うのはやめてるんだけど、年末の総括と展望の号だけは毎年買って読んでいる。僕みたいな田舎で建築やってる人間でも、いちおう最近の考え方とかは押さえておきたいなと思ってまじめによんでいる。 今回は藤本壮介と平田晃久だったのでおもしろかった。

ぼくはこの二人と、最近の建築しない若手の間の世代なんだけど、どちらかと上のほうに考え方は近いと思う。

伊東豊雄の「台中」でひとつの時代が終わったと書かれていたが、その次ってどうなるんだろうなと思う。

僕自身は最先端から程遠いし、最新がこれだからこういうのをつくろうということで設計を考えることはない。どちらかというと最近は古いものにヒントがあるような気がする。

なぜ、あなたの仕事は終わらないのか

 たまに意識高い本を読みたくなるので、これを読んだ。

なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である

なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である

 

 これに書いてあることをそのまま実践しようとは思わないけど、なるほどなと思ったのは、タスクリストに書いた仕事は午前中に集中して終わらせて、午後は余裕をもってほかの仕事(+α)にあてるといった考え方。まわりに対して少々感じが悪くなってもいいから(少々メールの返信や電話の対応が遅れてもいいから)午前中は作業に集中すべきという考えはいいなと思った。

僕の仕事だと現場のチェックとか打ち合わせとかが複数入ってたら事務所で図面描いたりする時間がまともに取れなかったりして夜やる羽目になったりするんだけど、午前中にやることを前日に決めておいて、それである程度作業の工程を組んでおけば、午後は打ち合わせや現場チェック、その日にでてきた問題にあたったりできる。仮に午前中に問題が出てきたとしても、午前中の間は無視して午後まわしてもたいがいのことはなんとかなる。

ここで大事なのは午前中は徹底して外出の予定を入れないこと。これでかなり効率は上がる気がするし、今日はここまでやっておきたかったのにできなかったということが減ると思う。

コクヨのキャンパスダイアリー

買い物

今年(2016年)からコクヨのキャンパスダイアリーを使っていて便利だったから来年のも買った。サイズはA5。

 去年まではほぼ日手帳を使ってたんだけど、日めくりのページをいまいち使いこなせてなかった。予定は見開きのカレンダーのページに書くとしても、日めくりのところは書いたり書かなかったりだし、打ち合わせのメモをとったりするのもその日のところの書くスペースがなくなったら前の日の空いてるところに書いたりして、いまいち情報が整理できていなかった。

キャンパスダイアリーにしてからは、予定をダイアリーのほうに書いて、もう一冊別でA4のキャンパスノートをメモ用に持ち歩くことにしていた。使い切ったらまたノートだけ買えばいいので、メモや考え事を書くときにスペースを気にせずたくさん使える。

来年からはノートもダイアリーに合わせてA5にすることにした。

A4を広げるとA3になって、でかくて書きながら説明したりするときに便利だけど、でかすぎる気もしてきて、A5だとタスクリストとかを書いて机に広げっぱなしでも邪魔にならないので、どちらかというとA5のほうが使い勝手いいかなと思う。

コメントする力

なんかいろいろ便利ツールとか情報源とかがあって、限られた時間でどの辺をカバーしたらいいか難しいなと思ってきたのでこの本を読んでみた。

コメントする力

コメントする力

 

 この本に書いてあった整理法で、考え事とか、明日やることとかのメモを自分で自分にメールするというやりかたは気に入って使っている。あとで検索するのにもコメントいれとけばタグみたいになって便利。

情報源については、新聞を全誌読むのは自分の仕事には必要ないと思うから、日経新聞と地方紙をざっと読む程度。時事的なものはラジオで(session22をぜんぶ聞いているだけでかなり勉強になる)。建築的なもののニュースは日経アーキテクチャで(前は国内外の建築系ネットニュースをチェックすることにしてたけど、きりがないのでやめた)。資料として新建築社のJAを毎号買っている。他の建築雑誌は立ち読み、もしくは気になったものだけ買う。あとは月に何冊か本を読む(だいたい4冊程度。)。これも昔は建築1、小説1、新書1とかでバランスをとってたけど、今は特に考えず、読みたいものを読むことにしている。ジャンルのバランスよりもインプットとアウトプットのバランスのほうを最近は気にしないといけないなと思うようになってきた。アウトプットが多すぎてネタというかやりたいことが枯れてしまわないようにしないといけない。