ぺいちくのブログ

本と建築のブログです。https://twitter.com/paychiku

権力の空間/空間の権力

山本理顕の「権力の空間/空間の権力」を読んだ。

 途中までkindleで読んでいてなかなか読み進めれてなくて、しばらく放置していたんだけど、最近少しずつ読んでいたら、何やら自分が今関心があることにかなり近いことが書いてありそうな気がしてきたので物理本を買って読んだ。

そもそも専用住宅は近代化してからはじめてでてきたという話や、それより前は経済活動と住空間がつながっていて(併用住宅)、ギリシャ時代の家と日本の町屋はほぼ同じだなとか、面白かった。

山本理顕さんの「閾」の話も、ハンナアレントも学生のころから知ってはいたけど、いまいちピンときていなかった。時間が経って気になることってやっぱりあるなーと思った。最近読む本にやたらとアレントの話が出てくる。アレントの本も積読されてるからついに読む時が来た…(分厚いしなんか読みにくい)。

アンダーグラウンド

村上春樹の「アンダーグラウンド」を読んだ。

 かなり前に買って、いつかは読まないといけないと思っていて、気が向いたときに少しずつ読んだ。

かなりたくさんの地下鉄サリン事件の関係者にインタビューしたものをまとめた本で、読んでる途中からその日何があったかよりも、被害にあった人がどんな人で、どんな生活を送っていたかに興味が移ってしまった。どういった人が東京で地下鉄に乗っているのか、どういった経緯で東京で働いているのか等そういったことのほうが気になった。

「約束された場所で」も買ってあるのでそのうち読む。

 

 

 

 

ヒルサイドテラスで学ぶ建築設計製図

ヒルサイドテラスで学ぶ建築設計製図」を読んだ。

ヒルサイドテラスで学ぶ建築設計製図

ヒルサイドテラスで学ぶ建築設計製図

  • 作者:勝又 英明
  • 発売日: 2013/03/15
  • メディア: 大型本
 

 事務所で積読になってたやつを読んだ。どちらかというと学生向け。作図の前提としてのJIS規格での決まり事とか、簡単な法律のことなど書いてあって、僕が学生の時にこれがあったら参考にしただろうなと思う。

ヒルサイドテラス自体2回くらいしか行ったことないし、中に入ったことあるのは第6期のエリアだけなんだけど、外から見た印象は第一期がよさそうだった記憶がある。第一期のエリアはなんとなく入っていいのかどうか分からなかったんだけど(中に住宅も入っているので)、次はちょっと中に入ったり、ゆっくり眺めたりしてみたい。

定期的に製図の表現とか、線の太さ、作図の効率化についてはについては見直しているんだけど、最近はぼくもおじさんになってきてマウスを使うと手や肩が疲れるので、できるだけぎりぎりまで手描きスケッチで進めて最後にcadでまとめるというスタイルになってきた。CADで考えながら描いたりすると効率悪い気がする。手描きのほうがいろんなスケールを行ったり来たりしやすい。手描きの時点で着工できてしまうくらいディテールを詰めて、A3の方眼紙を使って部屋別に仕様や各図をいろんなスケールでまとめると全体像が見えてきて最終的に何を図面で表現すべきか分かりやすい。リノベーションの仕事とかは手描きスケッチのほうが施工者に伝わりやすいような気もする。

なんだかんだで考えながら描くのは手描き、製図はCADって感じなので、BIMは一生無理かもしれない(世代)。手描きは楽しいし手もそこまで疲れない。結局肩がこったり手が疲れたりしたら何をやるのもいやになるからはかどらないだけかもしれない。

コロナ時代の哲学

大澤真幸國分功一郎の「コロナ時代の哲学」を読んだ。

コロナ時代の哲学

コロナ時代の哲学

 

 薄い本なのですぐに読めた。内容もそこまで難しくなかった。アガンペンのコロナに対する議論(死者の問題と移動の自由)をもとに話がすすめられる。ロックダウン等の緊急事態が法的にありなのか、緊急事態は例外として権力にいろいろ決められてもいいのか、人間中心主義ではなく、生者中心主義になっているのでは等、短い中に論点がいろいろあっておもしろかった。そもそも「法の起源には法以前の暴力が仮定」「憲法があるということは、憲法制定権力があった」等の指摘はたしかにそうだなあと。法律と法律を守らせる何か(たぶん権力というか暴力)とかのことを考えるとそもそも法とか国家の前に人間なんだよなあということを考えてしまう。

最近読んだ数冊によく出てくるのがアレントの「人間の条件」で、「人間の条件」は以前に読んだんだけど、買って途中まで読んで放置していた山本理顕の「権力の空間/空間の権力」をそろそろ読む時がきたなと思っている(だいぶ前にkindleで買ってた)。アレントの話がなぜ建築に関係あるのかいまさらだけど(というか今だからこそ)分かってきた気がする。

<責任>の生成

國分功一郎、熊谷晋一郎の「<責任>の生成」を読んだ。

<責任>の生成ー中動態と当事者研究

<責任>の生成ー中動態と当事者研究

 

 國分功一郎の「暇と退屈の倫理学」、「中動態の世界」、熊谷晋一郎の当事者研究の本を読んでいたのでそれらの研究が合体した感じでとても面白かった。

誰かに責任を取らせるために、受動態、能動態になった(意志の問題、意思は過去の説切断)。「好きになる」などは能動態ではなくて中動態(好きになろうと思ってなれるもんじゃない)。中動態を前提にすると環境が行為を促したり制限したりすること、アフォーダンスのこともよくわかる。

依存症の話、人は安定を求めるはずなのになぜ刺激を求めるのか、傷を忘れるために新たな傷をつくっているのではといった説はあるんじゃないかと思う。僕自身建築の設計をしているとふとした時にあれは大丈夫かなと心配事が突然わいてくることがあるけど、新しい問題(心配事)が出てくると、それまで気にしていた他の心配事のことは忘れることができる。だから常に新しいプロジェクトを抱えているほうが気分が楽だったりする。堀江貴文がとにかく忙しくしていれば死への恐怖のことなんかは忘れてしまう。暇だから考えてしまうんだといったことを何かで書いてて、同じ話だなと思った。

意思ってほんとうに何だろうと思った。ここ10数年、建築でも市民ワークショップでいろいろ決めたりしてるけど、設計者の責任逃れになりかねない。もしくは役所のアリバイづくりにつかわれかねない。この本にもあるように意思決定というより、欲望生成(要は要望の整理)が正しい。インフォームドコンセントもそう。

自由、意思、責任の正確な意味についてももう少し考えたくなった。全部上から決められると自由がない感じがするけど、個人で決めてね(でも自己責任で)というのもしんどい。この場合の責任、意思、自由ってこの本を読むとちょっと違うんじゃないかと思うようになってきた。

 

a+uをひさびさかった(4年ぶり)。アアルト特集だったので。

アアルトの作品集はいくつか持ってるけど、改めて読み込んでみようと思って、解説も含めて少し時間をかけて読んだ。

時系列で住宅作品が紹介されてて、クライアントとの関係や、構成の変遷が分かっておもしろかった。後半になればなるほど形状や材料の使い方が自由になっていく感じがするけど、ちゃんとバランスが取れてる感じもする。斜めの平面の感じとかどうやって決めてるんだろうなーといつも思う。

近代建築のすこし後、ポストモダンの少し前、アアルト、カーン、スカルパ、バラガンとかの建築が一番いいし全部見に行きたい。

 

 

空間のちから

内藤廣の「空間のちから」を読んだ。

空間のちから

空間のちから

  • 作者:内藤 廣
  • 発売日: 2021/01/01
  • メディア: 単行本
 

 「内藤廣設計図面集」を読んだ後だったから、内容が重なっているところもあったりしてさっと読めた。この本は「建築のちから」、「場のちから」と併せて3部作のようになっているんだけど、僕としたことが「場のちから」を読んでなかったのですぐ買った。

住宅の設計の難しい(入門編どころか最難関)。最初は住宅をつくって、軌道に乗ってきたら住宅の仕事は敬遠されると2章の冒頭で書かれていて、今まさに僕は住宅の仕事をしばらくやめようかなと思っていたのでやばいと思ってしまった。正直住宅はめんどくさい。建て主は細かいし、土日に打ち合わせを入れざるを得ないことが多い。公共工事等と違い、施工図や承認図などが出てこないことも多いので、施工者をコントロールするのも大変(結局自分が現場用の図面を描いたり、しょっちゅう現場に行かないといけない)。現場が進む中で確認をとりたいことが出てきて、施主と連絡をとりたくても平日の昼間はたいてい仕事をしてるからすぐには連絡がつかなくて、誤解されないような丁寧なメールを送らないといけない。真面目にやればやるほど効率が悪くなる。でも僕が好きな近代建築の名作はアアルトやカーン、バラガンの住宅だったりする。いつか僕がもうちょっとおっさんになったらゆっくり住宅をつくりたい(っていろんなおっさんが言ってるのが今なら理解できる)。

風変わりな建築や都会的なエッジの効いたものではなく、凡庸(複雑な内容をもった凡庸さ)であっていいということが書かれていた。僕も田舎でこそこそと活動してるわけだけど、岡山の樽村徹さんや神谷昭雄さんはいいなと思ってた。長野で宮本忠長さんの建築をみたときもすごい設計事務所が長野にあるんだなと思った。地方ですごい建築をつくっている人たち、普通っぽいけどめちゃくちゃレベルが高い建築をみると励みになる。