ぺいちくのブログ

本と建築のブログです。https://twitter.com/paychiku

おいしいごはんが食べられますように

高瀬隼子の「おいしいごはんが食べられますように」を読んだ。図書館で借りた。

芥川賞の本は短くてさっと読めていい。

きちんとした料理を食べさせたい女。食に異常にに興味がない、というか台無しにしたい男。体調不良で早退する体が弱い人のことを悪く言ってはいけないけど、早退するのに焼き菓子はつくれるのはどうなのか。みんなそれなりにしんどいけど、早退するほどではないし、でも早退する人の分をみんながやっていることについてどうなのか。やっぱりかわいい女は得なのか、でもセクハラもうけやすいし特ともいえない。ご飯を作ってもらっている間、スマホゲームをしてはいけないのか、別に誰もいけないといてはいってないのに、なんとなく悪いような気もする。弱い人にやさしい世の中ってなんなんだろうか。というかそもそもあいつはほんとに弱いのか。

世間の健康とか丁寧な暮らしみたいなものの圧力に対するカウンターのようで別にそういうことをいいたいわけじゃなさそうだし謎の小説だった。

集落の教え100

原広司の「集落の教え100」を読んだ。

正直読みにくかった。文章が全然頭に入ってこなかった。建築の本を読むときにたまにある現象。最近の建築の本は読みやすいが90年代以前のものは読みにくいものがたまにある。学生の時全然頭に入らなくて自分がだめなのかと思ってたけど、みんなそうだと聞いて安心したことがある。
この本もあとがきとかは普通に読めたから、建築を文章で説明するのがちょっと難しいんだろうなとも思う。写真をみながらなんとなく理解する感じ。

集落調査とかは構造主義とかレヴィストロースとかそういうものの影響なんだろうなと思う。大江健三郎の小説に荒さんっていう建築家が出てくるんだけど、たぶん原さんなんだろうなとかってに思っている。

無目的な思索の応答

又吉直樹、武田砂鉄の「無目的な思索の応答」を読んだ。

中古で買って読んだ。確かバリューブックス。

見開き1ページが一つの書簡になるので、寝る前に1つずつ読んだ。中身のことは忘れるくらい寝る前に読むのにちょうどよかった。新聞紙面での往復書簡ではあるし、純粋に互いに読ませるものでもなく、不特定多数に読まれる前提のものなんだけど、それにしても普通のエッセイよりもなんか照れが感じられたのは僕だけだろうか。

 

中村好文

中村好文の「百戦錬磨の台所」を読んだ。

vol.1とvol.2まとめて読んだ。読むというよりほぼ写真と図面。

結局のところ僕は中村好文的なものが好きなんだと思う。住んでいる人の暮らしぶりとかをみるとどうしても気取っているなと思ってしまわなくもないけど、つくるとしたらこういうのをもう少し普通にした感じがいいなと思う。

家具の造作はしょっちゅうやっているけど、キッチンを家具造作でつくるのはまだやったことがない。今うちでお願いしている木工所は2つあるけど、どちらも高齢でいつやめてもおかしくないなと思っている。そのうち造作で建具とか家具をつくるのがほんとうに難しくなるような気がしている。今のうちにキッチンもやってみたい。

木工所の加藤治さんとの対談のところで、加藤さんが中村さんが手がけた住宅のうち160軒の家具を制作したと書いてあってたまげた。中村さんは少なくとも160軒の住宅を設計しているということになってすごすぎるとおもった。

中村さんが住んでいるCliff Houseは施主から購入した際にデッキテラスをやり替えたり、台所のカウンターを改造したり、原因不明の雨漏りがあって屋根をふき替えたと書いてあった。すべてがそうではないだろうけど、そんなのが潜在的に160もあると考えるとほんとに気が遠くなる。

僕が設計した建物はどれも完全なものはなくて(自分が設計したものが完璧という自信がある人は教えてほしい)、いつもああすればよかったなとかの繰り返し。不具合も大小ある。いろんな制約もあるし、自分の未熟さもある。いろいろつくってきた中で完璧なものなんてできるはずがないと思うようになった。先日アルヴァロ・シザのDVDを観たけど、「建物が完成するのはいつも嫌な気分だ。不安だし、完成形は存在しないからだ。すでにつくられたものから改良できる点がたくさんある。だがこれは身勝手な思い込みだ。建築家の手に余ることだからだ。」と言っていて、シザでさえそうなんだから、みんなそうなんだろうなと思ったし、そう思ってない人はどこかおかしいはず。

夜と霧

フランクルの「夜と霧」を読んだ。

図書館で借りて読んだ。

100分de名著の夜と霧の回を観てから読んだ。最近このパターンが多い。というか名著を全部読むのは無理なので(前提としていい本は全部読みたいと思っている)、100de名著を観ながら(初回から全部観るプロジェクト進行中)特に気になったものを読むようにしている。

ナチス強制収容所という極限の環境では歌を歌ったり文章を書いたり、そういうことができる人はなんとか生きていける。逆に肉体が強くても文化的なことができない人は心が壊れて生きていくのが難しくなる。

新訳のほうを読んだけど、とても読みやすい。手元に一冊ほしい。最近は新訳がいろいろでていて本当に助かる。

彼の左手は蛇

中村文則の「彼の左手は蛇」を読んだ。

なぜかリンクがオーディブルになっているけど、普通に読むほうの本を読んだ。

年度末までの仕事が片付いたら読もうと思っていて、ようやくよめた。

序盤から最後までずっと緊張感があってすごかった。頭がおかしくなった人を書かせたらこの人が一番だと思う。

中村文則の別の本を知人に何冊か貸したんだけど(何かおすすめを適当にと言われたので)、暗くて気持ち悪くて読めなかったと言われた。確かに暗くて気持ち悪いんだけど、そこが面白いというか、最後にはだいたい救いがある感じになっているし、暗くて気持ち悪い部分もだいたいみんな持っているんじゃないかなと思うし、少なくとも自分にはあるから、僕は読んで安心したりもする。みんな普通に暮らしていても、どこかで自分はいつかやばいことをしてしまうかもとか、今ここでこれをすると破滅してしまうなということをみんな考えたり思いついたりするのでは。少なくとも僕はそうで、もちろん実行はしないけど、こういうのを読むと自分だけじゃないんだなと思える。

この本の表紙にも逆S字のマークがついているなと読んだ後に気づいた。

気になってブラックマンバとインランドタイパンのことを調べたけど、蛇の目って丸くてかわいいんだよな。読んでいて確かに蛇っていろんな宗教とか信仰と関係あるんだなと思ったけど、読んでいるときはマンバメンタリティのことがずっとちらついていた。

 

 

思考の整理学

外山滋比古の「思考の整理学」を読んだ。

ブックオフか何かで買って読んだ。だいたい6ページずつのエッセイになっているので、寝る前に読むのにちょうどよかった。主に論文を書いたりするのに参考になると思うからやっぱり対象は大学生とか、大学教員とかなのかな。アイデアを出したり、寝かせてから考えてみたりとかそういうのからはちょっと遠ざかっているなと思った。

新しいマックブックネオを買うかどうか迷っていたけど、何に使うのか自分としても謎だったのでとりあえず保留。ただ、どこに出すというわけでもなく、考えていることを書きだしているだけのノート(word)みたいなものはあって、そういうのに使ってもいいのかもなと思ったりもしてる。

この本でもカードノートとか、スクラップとかいろいろ手法があるけど、今はみんな多分PC、スマホ、タブレットの何かのアプリでやるんだろうなと思う。

デバイスもいろいろあるけど今はほぼデスクトップPCを触っていて、スマホは単なる連絡手段、タブレットはテレビとかNBAをみるためのものになっている。ノートPCは全然使わなくなった。というか目をいたわるために、いかにデジタルデバイスから距離をおくかという感じになっているからな…(時間を奪われるとかそういうの以前に)。目が疲れないのはやっぱりデスクトップPCなんだよな。

とはいえ日々の考え事や出来事をさっとメモしたい(スマホ以外で)という気持ちもあるからそのあたりなんとかしたい。今は気づいたことをスマホに打ち込んでPCでまとめたりしているけど、それがいいのかどうか分からない。