中村好文の「百戦錬磨の台所」を読んだ。
vol.1とvol.2まとめて読んだ。読むというよりほぼ写真と図面。
結局のところ僕は中村好文的なものが好きなんだと思う。住んでいる人の暮らしぶりとかをみるとどうしても気取っているなと思ってしまわなくもないけど、つくるとしたらこういうのをもう少し普通にした感じがいいなと思う。
家具の造作はしょっちゅうやっているけど、キッチンを家具造作でつくるのはまだやったことがない。今うちでお願いしている木工所は2つあるけど、どちらも高齢でいつやめてもおかしくないなと思っている。そのうち造作で建具とか家具をつくるのがほんとうに難しくなるような気がしている。今のうちにキッチンもやってみたい。
木工所の加藤治さんとの対談のところで、加藤さんが中村さんが手がけた住宅のうち160軒の家具を制作したと書いてあってたまげた。中村さんは少なくとも160軒の住宅を設計しているということになってすごすぎるとおもった。
中村さんが住んでいるCliff Houseは施主から購入した際にデッキテラスをやり替えたり、台所のカウンターを改造したり、原因不明の雨漏りがあって屋根をふき替えたと書いてあった。すべてがそうではないだろうけど、そんなのが潜在的に160もあると考えるとほんとに気が遠くなる。
僕が設計した建物はどれも完全なものはなくて(自分が設計したものが完璧という自信がある人は教えてほしい)、いつもああすればよかったなとかの繰り返し。不具合も大小ある。いろんな制約もあるし、自分の未熟さもある。いろいろつくってきた中で完璧なものなんてできるはずがないと思うようになった。先日アルヴァロ・シザのDVDを観たけど、「建物が完成するのはいつも嫌な気分だ。不安だし、完成形は存在しないからだ。すでにつくられたものから改良できる点がたくさんある。だがこれは身勝手な思い込みだ。建築家の手に余ることだからだ。」と言っていて、シザでさえそうなんだから、みんなそうなんだろうなと思ったし、そう思ってない人はどこかおかしいはず。