弱いつながり(いろいろ)

東浩紀「弱いつながり」を読んだ。

弱いつながり 検索ワードを探す旅

弱いつながり 検索ワードを探す旅

 

 グーグルやアマゾンが予測するものは今までの自分をベースにしているだけで、いままでと違うものには出会えない。検索ワードは自分の頭の中からでてくるが、頭の中を変えるためには環境を変える必要があるといった内容。

この本の最初らへんで「ウィークタイ」といった言葉が出てきて、この言葉自体はアメリカの社会学者マーク・グラノヴェターが提唱したものらしいのだが、ちょっと前に読んだ瀧本哲史「君に友達はいらない」にもでてきたのを思い出した。

君に友だちはいらない

君に友だちはいらない

 

「君に友達はいらない」に書いてある「ウィークタイズ」は自分と同じタイプの人や自分が持っているリソースと似通っている領域の人よりも、自分と違う領域に住む人のほうが思いもかけなかった変化が生まれてチャンスが広がる可能性が高まる、といったとてもいい話。

東氏の「弱いつながり」でおもしろいのは

"ネットは、強いつながりをどんどん強くするメディアです。ミクシィフェイスブックを考えてみてください。(弱いつながり/p14)""

てとこだと思う。一見ネットの方がリアルよりも偶然がありそうだけど、フェイスブックなんかはもともと知り合いの人しか友達にならないし、ブロックしたりミュートしたりできるからノイズがない。偶然の出会いはリアルでみつけるべき。「身体の移動であり、旅なのです」。

これを読んだ後にあれ?って思ったのが、佐々木俊尚「自分でつくるセーフティネット」を読んでたときなんだけど、

この人の本でも「共通点が少ないほど、知らない情報を共有できる」など「ウィークタイ」が出てくるんだけど、この人のネットに関する考え方は東氏とはちょっと違っていて(というか真逆)、

"でもいまはインターネットがある。フェイスブックとかを使って、いろんな人とつながることができる。新しい仕事や転職、独立の情報を入手したり、誰かに手伝ってもらうことができる。"

とあるように、佐々木氏にとってはネットは弱いつながりってことになっている。

僕の意見としては、ネットはやはり東氏の書いているとおり、「強い絆」をさらに強めるためのメディアだと思う(というか本を読んではじめてそのことを意識した)。フェイスブックやLINEなどはもともと知っている人を友達フォルダに入れて交流するものなので、偶然の出会いはそこにはない。音信不通だった人とつながったり、名刺交換しただけの人と連絡とったりすることはあって、つながりを維持することには有効だろうけど、偶然の、予測していない角度からのつながりはないのでは。

ちなみに僕はフェイスブックもLINEもやっていないのでみんながなにやってるのかよく知らないけど。前のブログにも書いたけど、フェイスブックは自意識過剰の僕には無理だったのですぐやめた(やりとりが可視化されるのは無理)。LINEは謎のうさぎとかのキャラクター(スタンプとやら)が苦手という理由でやらないと言い続けています(謎)。

"ネットには接続するけど、人間関係は切断する。---ネットを、強い絆をさらに強める場ではなく、弱い絆がランダムに発生するばに生まれ変わらせるということ(弱いつながり/p156)"